© Erika Matsumoto

This issue’s CLASS1 ARCHITECT

大野宏
HIROSHI OHNO

建築家

1992年 滋賀県生まれ
2011年 滋賀県立大学環境科学部卒業
2015年 滋賀県立大学博士前記課程修了
2019年-
2021年
TERRAIN Architects
2019年 特定非営利活動法人 Studio on_site 設立
2023年- 名古屋造形大学非常勤講師
2024年- 滋賀県立大学 / 京都私立芸術大学非常勤講師

主な受賞歴

2015年 日本建築学会大会デザイン発表会 優秀賞
2019年 SDレビュー2019 SD賞
2022年 大阪・関西万博会場内の「休憩所」「トイレ」等20施設の設計を担う若手建築家に選出

主な作品

2015年 「Coco Shelter」(タクロバン・フィリピン)
2019年 「Take no Wa」」(タクロバン・フィリピン)
2022年 「Bamboo Craft Pavilion」(大阪府)
2022年 「Naiko」(滋賀県)

建築の道を選んだ理由は?

家系に土木や建築に携わる人が多く、僕自身も昔からものづくりが好きでした。子どもの頃から各国で起こる貧富の差に不思議な感覚があり、発展途上国の支援に関心を持っていたので、建築がものづくりによってそうした問題の解決に貢献できる仕事ではないかと思い、この道を選びました。たまたま地元の大学の建築系学科に進みましたが、そこで「フィールドに出て、手を動かして建築を作る」という所からこの世界に入ったことが、今の自分のものづくりに影響を与えていると思います。

地域の素材で作るようになったきっかけは?

高校を卒業した2011年3月に東日本大震災が起こり、大学入学後すぐに陶器浩一研究室のプロジェクトで気仙沼に入って、地元の方々と一緒に地域にある素材で「竹の会所」という集会所を作りました。現地にあるもので素晴らしい建築ができることを体験し、これを出発点に、高潮の被害があったフィリピンの街で現地の人々と建築物を作るなどの活動を行ってきました。その過程で、完成後の建築物と地域の人々との良い関わりを作る所に課題を感じ、NPO法人を立ち上げてコミュニティマネジメントができるメンバーと共にプロジェクトを行うようになりました。

これからの活動予定は?

コロナ禍以前はフィリピンが主な活動拠点でしたが、最近はフィリピンでの作品を見てくれた方々から「この素材で何か作ってほしい」という依頼を多くいただくようになりました。竹やヨシなど、素材が地域課題と結び付いているケースもあります。現在は2025年の大阪・関西万博の会場の施設を設計しています。かつて大阪城の築城の際に、石垣にするために全国から大きな石が運ばれましたが、その時に運ばれなかった石が各地に残っています。今回はそうした石の中から、3mほどもある巨石を建材として使って作る計画ですので楽しみにしていてください。

 

地域の原風景を未来へつなぐ建材とは。
Naiko

© Erika Matsumoto

新開発の建材「ヨシストランドボード」を帯状に連ね天井から吊るしてある。床のヨシのチップは、歩くとザクザクとした音と触感を感じる。

「Naiko」は、琵琶湖に面した近江八幡市の古いまち並みが残るエリアを中心に開催されている国際現代アート展「BIWAKOビエンナーレ」のプレイベントのインスタレーションとして、2022年に制作された。この地に残る江戸時代創業の酒蔵跡に、市街地からもほど近い内湖「西の湖」に生育するヨシ(葦)を原料とした新たな建材「ヨシストランドボード」を用いて、湖岸のヨシの群生地、“ヨシ原”の中に足を踏み入れたような体感を味わえる空間を作り出した。

ヨシは古来、葦簀や茅葺屋根の材料として使われ、琵琶湖とその周辺に位置する内湖の沿岸に暮らす人々の生業となってきた。それだけでなくヨシは湖水を浄化し、魚や虫や鳥の棲家となり、湖の生態系にも重要な役割を果たしてきた。このヨシ原の環境を守るためには一年に一度、ヨシの刈り取りを行う必要がある。代々、この地域に暮らす人々が生活との循環の中でそれを行なってきたが、現代になり環境面でのヨシの重要性が見直されヨシ原の再生活動が増えつつある一方で、刈り取ったヨシの使い途は乏しく、ヨシ原の継続的な保全のためには新たな利用方法の創出が鍵となっている。この解決策の一つとして、滋賀県立大学と早稲田大学、建材メーカー、建築家が共に研究開発に取り組んでいるのが「ヨシストランドボード」だ。建材としての規格化に挑んでいる。

「Naiko」では、天井から吊るされた帯状に連なるヨシストランドボードが、曲線を描きながら空間全体に広がる。圧着されたヨシの隙間からは光が漏れ、複雑な陰影を生むと同時に、内部を歩けば、ヨシ原の向こうに水平線が広がる湖の水辺を、背丈より高いヨシの間から差す太陽の光を感じつつ進むかのような感覚を得られる。それは湖岸の営みと生態系から立ち上がる地域の原風景の追体験だ。展示期間が終わった後も有志により、この内装空間の再設置に向けた動きが生まれている。琵琶湖と共に生き続けるとは、どういうことか。「Naiko」を通じて多くの人々がそれを体感することが、ヨシ原を未来へつなぐ足掛かりとなるのかもしれない。

Naiko
Naiko

所在地 / 滋賀県近江八幡市
設計 / 大野宏
施工 / 株式会社グローバルアーツ

 

大野さん、「Naiko」でのこだわりをひとつ教えてください。

まちの中心部に湖畔の原風景を再現する

© Erika Matsumoto

照明の調光によって多様な陰影が生まれ、空間の焦点や体感も変化する。

ヨシは滋賀県民の多くが目にしたことのある植物ですが、実際に手に触れたことやヨシ原の中に入ったことのある人は多くないと思います。展示会場となった酒蔵跡は近江八幡市旧市街の観光通りに位置しており、県内外からの観光客や地元住民が出入りします。この場所に滋賀の原風景であるヨシ原と水辺の風景を追体験できる空間を作成しようと考えました。空間全体に広がる帯状のヨシストランドボードは床から高さ2050mmを下端として、曲線を描きながらアイレベルでは水平の広さを持った空間を作り、孔からは光を透過させ、水平線が広がる水辺空間と太陽が差すヨシ原の空間体験を再現しました。機能面では多目的な用途が考えられるため、大きな一室として利用できるスペースを作りながら、天井面に広がるヨシストランドボードによって5つの小さな空間の単位を作っています。

 

MATERIAL
自然素材による美しい透け感としなやかな曲面
【ヨシストランドボード】

© Erika Matsumoto

短くカットしたヨシの茎を重ね合わせて圧着させた「ヨシストランドボード」

ヨシストランドボードは、琵琶湖などの湖岸に群生するヨシの茎をチップ状にして積層し、高温圧着させてボード状に成形した新しい建材だ。成長すると4〜5mにもなるヨシは茎が細く長いため、ストランド長を長めに取ることができ、ボード成形時に密度を疎にした状態でも長さをもった茎が接し合い、孔のあるボードを制作することが可能だ。またススキなどの植物より硬く、ボードを薄くした状態でも形を保ちながら曲げることができる。これらの特性から、ヨシのストランド長・密度・厚みを調整することで、孔を持ち、曲げることができるストランドボードが開発された。

大野さん、なぜこの建材を採用したのですか?

滋賀県立大学の永井拓生教授が長年ヨシ素材の研究に取り組まれており、ヨシ葺などでの利用を試行していましたが、たくさんの量のヨシを資源や材料として流通・循環させるには建材として規格化する必要性を感じていらっしゃいました。岐阜県で、輸入OSBに替わる国産の間伐材や未利用材を用いたストランドボードを製作しているエスウッドさんと進めていたこの新たな建材開発の過程で、ヨシストランドボードを知ってもらうためにBIWAKOビエンナーレとタイアップした空間を作ることになり、設計者として依頼をいただいたのがこのプロジェクトのきっかけです。設計で使うにはこの材料を僕自身もさらに研究する必要があり、大学生も交えて試作を繰り返し、ストランド同士がしっかり絡み付く密度や光の透け感、曲がり具合などを地道に調整していきました。「Naiko」で天井から吊るした帯状のヨシストランドボードは、1800mm×900mmのボードを芯材に沿って両面から互い違いに貼り合わせ、継ぎ目が見えないように制作しています。これまで自然素材の建材で光が透けるものは限られていましたが、ヨシストランドボードは自由に曲げることができる点で、表現や設計の幅を大きく広げてくれると感じています。

メーカーさんへ聞いた
建材開発秘話

株式会社エスウッド
代表取締役
長田剛和さん

想いをつなぐ 〜適量生産・適量消費時代のモデルを目指して〜

© エスウッド

当社は1999年の設立から20年以上に渡り、資源の地産地消にも貢献する間伐材・小径木を使用した国産材ストランドボードの開発・製造・販売を行ってきました。経営理念「想いをつなぐ」の実践として、大量生産型のものづくりではなく、植物素材の良さを活かしたハンドメイド型の製作を基本としています。現在、ヒノキ、スギを中心に、ホオノキやサクラ等の広葉樹、いぐさ、ヨシ、稲藁、もみがら、茶葉等の植物資源での試作開発にも取り組んでいます。欧州規格で幼児の玩具にも用いられる安全性の高い接着剤を使用し、ストランドボードでは国内唯一の不燃材料の認定も取得しています。大学や建築家と協働した今回のヨシストランドボードの製作では、大野さんに私たちものづくりの側にも寄り添っていただきながら、求められる空間演出に必要となる素材の試作を何度も重ね、目指す素材へと近づけていきました。滋賀県立大学の学生の皆さんにも、ヨシ刈りやチップの製作作業に参加いただき、大事な地場産業を知り、学ぶ機会を共に創ってきました。現在、ヨシストランドボードは、弊社設備での自動化による製作ができる状態まで至っており、今後も同じ想いを持った仲間と、ヨシ原を中心とした自然環境の保全、まちづくり、教育をテーマに活動支援を進めていきたいと考えています。

株式会社エスウッド

〒509-0108
岐阜県各務原市須衛町7-74-5
TEL:058-379-3023
FAX:058-379-3024
URL:https://www.sunadaya.co.jp/
※ヨシストランドボード共同開発:滋賀県立大学永井拓生研究室、早稲田大学山田宮土理研究室

 

 

ARCHITECT’S Q&A

大野宏が選ぶ5つの建材

Q. 偶然出合っためずらしい建材とは?

A. シルクプラスター

© ヤマチコーポレーション

手でも塗れる土壁のような
リキッドウォールペーパー

横浜のマンションの一室をリノベーションした「大地と育つ家」で、天井面の塗り材として使用しました。壁面には神奈川県内の牧場でもらった牛糞に藁を混ぜて発酵させた建材を自ら作って自主施工しましたが、天井面については壁面の土壁と質感の似た材料を探し、この製品を見つけました。シルクやセルロースなどの繊維が混ざっており、豊富なカラーから選べるので、壁面との違和感のない空間に仕上げることができました。天然抽出物からなり、安全性や環境配慮の面でも優れた建材です。

株式会社ヤマチコーポレーション

〒103-0012
東京都中央区日本橋掘留町1丁目5-7 YOUビル8階
TEL:03-5652-3681
FAX:03-5652-3689
URL:https://www.yyy-yamachi.com/myke/
シルクプラスター商品概要:
https://www.yyy-yamachi.com/myke/brand/silkplaster/

 

Q. 今までで最も思い出深い建材とは?

A.OKINA joint

© Kenta Kimijima

径にばらつきのある
竹を接合する独自の部材

太さが一様ではない竹と竹とを接合するために、独自に開発した「竹のためのジョイント」です。これまで竹で制作したいくつかのパビリオンや家具で使っています。ドライバー一つで容易に接合できるので、例えば被災地などでも現地の竹とこの部材を使って、家具から建築までいろいろな物を作ることができます。東南アジアなどの竹に比べて日本の竹は空洞部が大きく、穴を開けると力が加わった際に割れるなどして構造物の破綻につながります。そこで竹に穴を開けずに組み立てる方法を考え、この部材が生まれました。

Studio on_site

〒523-0846
滋賀県近江八幡市博労町上17
URL:https://www.studioon.site/okina

 

Q. 汎用性が高く、使い勝手の良い建材とは?

A. ストレッチフォルム2WAY

© 大竹央祐

多様な造形を可能にする
ローコストな膜材

大津港を望む園地に設置した、「Yama to Mizumi」というパビリオンの屋根材として使用しました。仮設のパビリオンを制作する際に、コストをかけずに膜材を利用したいと思ったことが何度もあります。ストレッチフォルムは伸縮性のある膜材で、下地となるフレームに応じてさまざまな形状を作ることができ、異形のフォルムでもある程度自由に伸び縮みするので、この膜材を採用することがあります。安価でありながら、発注から納品までの時間が短く、自主施工のパビリオンでは非常に助けになっています。

STRETCH FORM

〒601-8176
京都府京都市南区上鳥羽山ノ本町254
株式会社キヌガワ京都SP事業部
TEL:075-694-2112
FAX:075-694-2115
MAIL:sp@kinugawa.com
URL:https://stretchforme.com/

 

Q.環境に配慮した建材とは?

A. ストローベイル

© Kenta Kimijima

炭素を固定しながら
断熱する藁の壁材

淡路島で建築中の宿泊施設で、壁の下地材 兼 断熱材として採用しています。藁をブロック状に絡めた建材で、これを積んで土壁を塗り、幅350mm×高さ450mmの壁面を作りました。施工は、ストローベイルを積む作業から下地の土壁塗りまでをワークショップ形式で行っています。地球温暖化や化石燃料の高騰が問題となっている中、ストローベイルは農業の副産物であり、地域でも調達可能な建材です。このブロックは炭素を固定しながら、断熱材の役割を果たすと同時に、建物を壊す際にも土壁と共に土に戻ります。

日本ストローベイルハウス研究会

〒930-0842
富山県富山市窪新町8-21 有機建築左吉
TEL:076-471-7178
FAX:076-403-2903
URL:https://www.sakichi-k.jp/japan_strawbale.html

 

Q. 新技術が使われている建材とは?

A. ホーローパネル

3Dスキャンで
複雑な形状にカッティング

大阪万博に向けて計画中の施設で、ホーローの壁面に巨大な石が食い込む設計をしています。天然の石の複雑な凹凸に合わせてぴったりと壁が取り合うように、石を3Dスキャンしたデータを反映させ、ホーローパネルをレーザーカットする技術を試作しながら進めています。この技術は既存の建物の配管位置などを確認するために用いるスキャナーによるものですが、こうした技術を応用することで、これまで画一化できないために使えなかった無二の土着の素材が建築に入り込む可能性を広げられると思います。

タカラスタンダード株式会社

〒536-8536
大阪市城東区鴫野東1丁目2番1号
営業本部パネル事業部
MAIL:emawall@takara-standard.co.jp
URL:https://www.takara-standard.co.jp/
※ホーローパネルのお問合せ先

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