一つの到達点としての
傾斜地の家のあり方
兵庫県宝塚市の山手は急勾配の土地も住宅地として開けており、山の稜線に沿って立ち並ぶマンションや家々を望むことができる。「TAKARAZUKA HUTS」の施主は前田氏の大学時代の先輩で、パリのペロー事務所勤務時代も交友があった。施主は学生時代から「家を建てるならお願いしたい」と前田氏に伝えていたという。そして施主が建設予定地として相談した土地は、角度が30度もある岩盤の傾斜地。いかにも難易度の高そうな場所だったが、前田氏は敷地南面が宝塚市所有の緑地で半永久に宅地化されないという与条件に可能性を感じた。
屋外で過ごすことも多く、「傾斜地であるけれども庭が欲しい」という施主のライフスタイルを考慮し、室内に傾斜に沿った立体的なつながりを持たせ、特に生活の中心であるキッチンとつながるアウトドアリビングを設けた。さらに、1階を山側からの土圧を受けるコンクリートの箱にし、その中を寝室や浴室としている。傾斜地の家は全方位から屋根も見られるため、屋根材をアスファルトシングルとして壁面と同素材を使い、家全体の色や素材感を統一させた。また「荻野寿也景観設計」に基本設計から参画してもらい、樹木選定や石材の配置決めを共に行った。庭に開く建築群の角度を90度ではなく110度にしたのは、近景の庭と遠景の両方をより広く室内に取り込むためにスタディして決定した。
傾斜地に建つ家は1室空間に大きな開口を開けるのがひとつの解き方だが、シンプルで美しい家である反面、プライバシーを必要としない趣向の家族のみが住めることが多い。前田氏と施主の双方が、眺望も家族のプライバシーも外観も妥協せず、さまざまな角度から考えを巡らせ、時間を掛けて一つひとつを積み上げた結果が、「TAKARAZUKA HUTS」となった。「今年のステイホーム期間が多い時にこそ、この家の価値がよくわかる」と言ってくれる施主は、家も庭も愛車のようにメンテナンスし続けて暮らしている。
事務所の名が示す通り、ジオ‐グラフィック・デザイン・ラボの描く未来は「地形をデザインする実験室」。建築単体の設計だけでなく、人の想いを汲み、建築の周りの地形や周辺環境を含めてデザインする。そう考えて設計を手掛けてきた前田氏が、一つの到達点を見出した建築である。